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かてい(家庭)集会説教(가정집회설교)/ 柔和な人々の幸い(온유한 사람들의 행복)/ マタイ5:5(마5:5)/ ふじかけ じゅんいち(藤掛順一)牧師(横浜指路教会)/ 2012-02-23
家庭集会説教(가정집회설교)/ 柔和な人々の幸い(온유한 사람들의 행복) マタイ5:5(마5:5) 家庭集会説教/ 牧師 藤掛 順一 ◆ 柔和な人々の幸い マタイによる福音書 第5章5節   1.柔和とは  「穏やかな、やさしい」、しかし「軟弱」ではない、本当の強さに基づくもの。  「柔和」と訳されている聖書の言葉は、「中庸な」という意味   怒るべき時に怒り、怒るべきでない時には怒らない、強い自己制御能力  「訓練を受けている人びとの祝福」(ウィリアム・バークレー『山上の説教に学ぶ』)  このような柔和さを持っている人は確かに幸いだと私たちは思う。 2.幸いだから柔和になれる?   しかし私たちは次のようにも思うのでは?  「柔和になれるのは幸いな人だけだ。私はとてもそんなにおっとりと構えていられるような状態にない。私は柔和に生きることができるほど幸いではないし、そんな余裕はない」 3.詩編37編  この教えは旧約聖書、詩編第37編11節からの引用  「貧しい人は地を継ぎ」(「しかし柔和な者は国を継ぎ」、口語訳聖書)  「柔和な」という新約の言葉は、この個所の「七十人訳」(ギリシャ語訳)による。  「柔和」という言葉の背後には、「貧しい」という言葉がある。  詩編37編において「貧しい人」とはどのような人か。  「悪事を謀る者は断たれ、主に望みをおく人は、地を継ぐ」(9節)  「神の祝福を受けた人は地を継ぐ。神の呪いを受けた者は断たれる」(22節)  …「貧しい人」とは、主に望みをおき、神の祝福を受ける人  「地を受け継ぐ」=神の豊かな祝福の中に生かされる  この「貧しい人々」は、7、8節のような苛立ちの中にある  「沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれよ。繁栄の道を行く者や悪だくみをする者のことでいら立つな。怒りを解き、憤りを捨てよ。自分も悪事を謀ろうと、いら立ってはならない」(7、8節)。  悪事を行う者が繁栄し、豊かに富み栄えているという現実がある。それに対して、主なる神に従い、正しいことをして歩もうとする自分たちは、かえって苦しみを受け、いつまでも貧しい者であり続けている、という苛立ち。(1節も)  いっそのこと自分も彼らと一緒になって悪事を謀り、自分の豊かさを追及した方がよいのではないか、という苛立ちの中にある者たちに対して、苛立ってはならない、沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれ、主に望みを置け、貧しい人は地を継ぐのだ、あなたがたは神の豊かな祝福の約束を与えられているのだ、とこの詩は語っている。  つまり「柔和な人々」とは、決して幸いな、力と余裕のある人ではない。むしろ弱く貧しく力ない者が、神に従って生きようと必死になっている、しかし悪い者の方が富み栄えていくというこの世の現実の中で、押しつぶされそうになり、いっそ自分の好き勝手に生きていこうか、という苛立ちの中にある、そういう者こそがここで見つめられている。  私たちもしばしばこのような苛立ちを覚える。自分の弱さ、乏しさを嘆き、こんな自分の力では、こんな状況では、柔和になどなっておれない、なぜ神はもっと力を与えて下さらないのか、なぜもっとよい条件の下に置いて下さらないのか、とうらみつらみを言いたくなる。 主イエスはそういう私たち一人一人に、「柔和な人々は幸いである」と語りかけておられる。 4.柔和に生きることこそ幸い  詩編37編が教えているのは「柔和に生きよ」ということ。  悪事を謀る者が繁栄している現実の中でも苛立たずに、主に従う道に踏み止まれ、とこの詩は教えている。それは苛立ちまぎれに神を否定するような不信仰に走らず、しっかり自らを制御せよということ。そこにこそ神からの祝福、恵みが約束されている。  自分は貧しいから、余裕がないから、柔和になれない、と言っていたのでは救いはない。力も余裕もなく、苦しみと悲しみに翻弄され、苛立ちを覚えずにはおれない私たちが、そのような中で、沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれ、主に望みを置く、その柔和さによってこそ、私たちは信仰による幸いにあずかることができる。  柔和になれないとは、苛立ちに負けること。 そこでは、沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれるのではなく、自分が語りだし、自分の力で何とかしようとすることが起る。自分の思いに従って事を裁こうとするようになる。その裁きは、背後に苛立ちや怒りがある限り、幸いを生まない。 人を本当に救う働きは、怒りや苛立ちによってではなく、柔和さによってこそなされる。 5.真実に柔和な方、主イエス・キリスト  「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである」 (11章28、29節)  主イエス・キリストは柔和で謙遜な方。苛立ちに負け、怒りに任せ、力に任せて事をなすのではなく、私たちの罪を黙って背負い、十字架の死への道を歩いて下さった。主イエスの柔和さによって、私たちの罪の赦し、救いが実現した。そして主イエスは私たちにも、この柔和さの道を歩むことを求めておられる。「わたしの軛を負い、わたしに学びなさい」。それは決して負いきれない重い軛ではない。「わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽い」。それは主イエスが大部分を背負っていて下さるから。私たちはこの主イエスにつながって、主イエスと共にその軛を負い、柔和に生きる。  「シオンの娘に告げよ。『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、柔和な方で、ろばに乗り、荷を負うろばの子、子ろばに乗って』」(21章5節)。  「柔和な王」としてエルサレムに来られた主イエスは、その週の内に十字架につけられた。主イエスが「柔和な方」であるとは、十字架の死への道を黙って歩まれたこと。その柔和さのゆえに、私たちの救いが実現した。  真実に柔和な方である主イエス・キリストの十字架の死によって、罪の赦しの恵みを与えられた者が、主なる神のみ前に沈黙し、主に望みを置き、その恵みのみ業を待ち望みつつ生きるところに、真実の幸いが与えられる。  十字架の死に至る柔和な歩みを歩み通された主イエスは、復活して天に昇り、父なる神の右に座して、今や私たちを、この世界を、支配しておられる。つまり地を受け継いでおられる。今はまだ隠されているその主イエスのご支配を信じて生きることが私たちの信仰。  つまり私たちの信仰は、主イエスが、その柔和さによって地を受け継いでおられることを信じること。そして柔和な方である主イエスのご支配に支えられて生きること。主イエスの柔和さに支えられて、私たちもまた、様々な苦しみ悲しみがあり、悪を行う者がむしろ栄えていくようなこの世の現実の中にあっても、苛立ちに負けることなく、沈黙して主を仰ぎ、主に望みを置く柔和な者として生きることができる。 藤掛順一牧師(横浜指路教会)
アテネの様な日本で(아테네와 같은 일본에서)/ 使徒の働き 17:22-28(행17:22-28)/ 2016-07-14
アテネの様な日本で(아테네와 같은 일본에서) 使徒の働き 17:22-28(행17:22-28) ○ 題目:アテネの様な日本で ○ 本文: 使徒の働き17章22~28節(新改訳) ○ 導入:かつてローマの人々はクリスチャンを無神論者と言ってからかったそうです。キリスト教は変わった所が一つ二つではないからと言う理由でした。何より皇帝崇拝を拒否したのが一番の理由だったのです。皇帝は神でなくただの人間だとクリスチャン達が言い張ったからです。 また、伝統的な提案と儀式を拒絶したからです。彼らは大層な宗教儀式の代わりに、家庭に集まって共に食事をし、神様の御言葉と生活を分かちあったのです。神が人間になったと主張する事からして話にならないのです。 初めから神ではなかったか、何も敢えて煩わしく人間になる必要もなかったのです。神の姿を形成化する事も否定するとすぐに舌を打ちました。目に見えないのにどの様に信じろと言うのだろうか。決定的に神がまったく神の様ではないからだ。 帝国から外れた場所の青年、それも十字架にかかった死刑囚が神であると言う話しに、彼らの開いた口が塞がらなかったのです。彼らにとってそれは神でなくただの敗北者にしか過ぎなかったのだ。間違いのない無神論者だ。 初代教会が神の形成化を拒否した事は十戒と偶像化の問題のためだ。更に重要なのは、クリスチャンは彼ら自身が見えない神の姿になろうとした事だ。自分の顔が神様の顔になって、自分の生活がイエスの御言葉の一部になって、自分の体が聖霊に宮になって、自分の存在で神様が存在すると言う、生かされている証明になる事を望んだからだ。 それなら、別に神様の姿になる必要が何であるだろうか。そうでないからしきりに何かをして踏ん張って口で埋めようとするのではないだろうか? ○ 本題:さて、当時のローマの人達にとってクリスチャン達は、とても奇異に見えた事でしょう。今の導入部分の事を通しても、それは直ぐに想像出来る内容です。ともすれば、現在の日本の中でも多くの人達は、クリスチャン達に対して同じ様な目で見ているのかもしれません。 しかし、私達はその様なこの世の流れに流されては、決して「世の光、地の塩」としての役割を果たす事は出来ません。その意味でも、今日の本文に表されているアテネの偶像に満ちた社会の中で、パウロはどの様に唯一の神様を証しして行ったのか見てみたいと思います。 ○ ポイントの第一番目は、「まず彼らを受け入れる」と言う事です。さて、アテネと言う町はどの様な町だったのでしょうか。それは、今日の本文の前の所の17章16節を見ると端的に記録されています。“さて、アテネでふたりを待っていたパウロは、町が偶像でいっぱいなのを見て、心に憤りを感じた。”と。 確かに、この世はアテネだけではなくどこに行っても偶像だらけです。私達の国、日本も偶像のオンパレードです。そして、それが文化と言う名の元に、国民の生活の中に染みついているのが現実です。そして、アテネもまた例外ではなかったのです。パウロが憤りを覚える程だったので、それは相当なものだったのでしょう。 さて、その様な中でパウロはどう言う行動を取ったのでしょうか。本文の22節です。“そこでパウロは、アレオパゴスの真ん中に立って言った。「アテネの人たち。あらゆる点から見て、私はあなたがたを宗教心にあつい方々だと見ております。”と。 パウロのこの第一声はアテネの人達に決して気分を害する様な言葉ではありません。むしろ、「宗教心にあつい方々」と言われるとなんだか気分が良くなる言葉です。何気ないパウロのこの言葉が、聞いているアテネの人達には、敵対心を払拭する様な言葉だったのです。 そして、更にパウロは本文の23節で、次の様に語ります。“私が道を通りながら、あなたがたの拝むものをよく見ているうちに、『知られない神に』と刻まれた祭壇があるのを見つけました。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、教えましょう。”と。 これも、アテネの人達が崇拝している対象に対して、関心を持っていると思わせる様な言い方です。この様にして、福音に反する人達に接する態度が知恵深さを求めている事を知るのです。私達は、どの様な接し方をしているでしょうか。 ○ ポイントの第二番目は、「神はかけ離れたお方ではない」と言う事です。さて、パウロはまずアテネの人達に角の立たない様な方法で接近します。しかし、アテネの人々が仕えている神々がどんなものあるのか核心に迫ります。本文の24~26節を見ると、次の様な御言葉が記録されています。“この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。また、何かに不自由なことでもあるかのように、人の手によって仕えられる必要はありません。神は、すべての人に、いのちと息と万物とをお与えになった方だからです。神は、ひとりの人からすべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めになりました。”と。 さて、このパウロのメッセージを見ると、25~26節に出ている様に、「神が人を造られた」と言う事を明確に示しています。しかし、アテネの人々はアッティカと呼ばれている地名の土から出来たと信じていたのです。それを知っていたパウロは、それを覆すかの様に神が人を造られた事を宣言します。 また、神が人を造られた故に、神は人との関係性が密接である事も伝えます。27~28節を見ると、次の様な御言葉が記録されています。“これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である』と言ったとおりです。”と。 パウロは、ここでハッキリと人を造られた神は、遠い遠い存在のお方ではなく、私達のそばにおられるお方であり、その神の中に、私達は生き、動き、存在していると力説したのです。これは、アテネの人達の様ではなく、パウロ自身が体験した神様を証ししている姿なのです。 これは、アテネの人々にとっては大きな衝撃となった事でしょう。なぜなら、アテネの人達は偶像を崇拝しているとは言うものの、その実は何もなかったからです。その証拠に、本文の前の21節を見ると次の様な御言葉が記録されています。“アテネ人も、そこに住む外国人もみな、何か耳新しいことを話したり、聞いたりすることだけで、日を過ごしていた。”と。 そうです。彼らは何か耳新しい事を話したり、聞いたりする事だけに関心事があったのです。信じる対象はある意味では何でも良かったのかもしれません。だからこそ、本文の23節の様に、「知られない神に」と言う祭壇を作っていたのです。 これは、どこかで見た事はないでしょうか。「私の家は仏教です。」と言いながら、特に何をする訳でもなく年に数度だけ、僅かな賽銭を投げ入れて家内安全、商売繁盛を願う私達日本人を思い起こすのではないでしょうか。その様な中で、パウロはアテネの人達の様な「知られない神に」ではなく、私達を造られ身近におられる神様としてアテネの人達に紹介しているのです。 ○ポイントの第三番目は、「神様の導きに委ねる」と言う事です。さて、ここまでは良かったのですが、やはり偶像に満ちているアテネは壁が厚かったのでしょう。恐らくこのアテネでは救われる人は殆ど起こされなかったのではないかと言われています。 それは、先程の様に余りにも偶像に満ちている中にあって、福音が入り込む余地がなかったのです。確かにイエス様も、マタイの福音書10章14節で、次の様に語られました。“もしだれも、あなたがたを受け入れず、あなたがたのことばに耳を傾けないなら、その家またはその町を出て行くときに、あなたがたの足のちりを払い落としなさい。”と。 では、アテネの様な場所で、また日本の様な国の中で、人々が耳を傾けないからと言って福音を伝える事を諦めなければならないのでしょうか。決してそうではありません。それは、神様の御心に反してしまいます。つまり、耳を傾けなかったとしても私達は、言葉と言い行いと言い、福音を語る、また福音に生きる事は不可欠なのです。 正に、私達はアテネの人達が真新しい事を話し、聞くだけで満足し歩む様ではなく、福音に生きる必要があるのです。そして、大事な事は「最終的には私達のすべき事は忠実になし、結果は全て主にお委ねする」と言う姿勢です。 今回のアテネでのパウロも、語るべき事はしっかりと語りました。しかし、アテネの人達の心は頑ななままでした。面白い事に本文の後の33節を見ると、次の様な御言葉が意味深に記録されています。“こうして、パウロは彼らの中から出て行った。”と。 これは、決してアテネの人達を操っている悪霊達に負けたので尻尾を巻いて逃げたと言う意味ではありません。それは、先程も言及した様に、自分のすべき事はし終えたので後の事全ては、全知全能の主にお委ねしたパウロの信仰の姿が現されているのです。 私達は、アテネの様な日本に遣わされた働き人です。そんなん聞いてへんよ~!と言っても、救われて教会と言う共同体に加えられた事が、その事実を物語っています。私達も自分の為すべき事は忠実になし、後の事は主にお委ねするパウロの様な信仰に習っていきたいと思います。そして、聖霊様の働きがこの日本にもなされる様に、執り成しつつ前進して参りたいと思います。その為に用いられる皆様お一人お一人になる様、イエスキリストの御名によって祝福致します。